中医学で用いる天然自然生薬には、薬性、薬味、薬効という分類がありますが、食物にも生薬同様、食性、食味、食効というものがあります。インドやアラブ諸国にもこれに似た考え方が存在しており、食物に食性、食味、食効があるという捉え方は、生活の知恵のなかから生まれた食思想といえるのではないでしょうか。
◆食性(五性)
自然界の恵みである食物には、「温性」「熱性」「寒性」「涼性」「平性」と五つの食性があります。食性は、その食物が身体にどう作用するかを表し、食べることによって身体を温める力を備えた食物(温熱性食物)と、食べることによって身体を冷やす力を備えた食物(寒涼性食物)があります。
○温熱性食物
温熱性食物を摂取すると身体が温まり、そうすると内臓も温まり、内臓の動きが活発になります。血管も同様に、温められることで血液の流れがよくなり、身体の動きが活発になります。さらに、温熱性食物は気力を増強させ、血液の内容を高めて、エネルギーの源をつくる代謝を活発にします。また、体内水分のバランスを整えます。
(身体を温める食物)
唐辛子、胡椒、山椒、ニラ、にんにく、ねぎ、玉ねぎ、菜の花、なた豆、もち米、黒砂糖、納豆、栗、くるみ、かぼちゃ、パクチー、しそ、生姜、高菜、パセリ、ふき、マッシュルーム、みょうが、らっきょう、わさび、きんかん、さくらんぼ、桃、ライチ、アジ、アナゴ、鮎、アンコウ、イワシ、海老、鮭、サバ、ふぐ、ぶり、マグロ、鯨肉、鶏肉、鶏レバー、羊肉、大豆油、なたね油、酢、味噌、みりん、ウイスキー、焼酎、日本酒、酒かす、ワイン、など
○寒涼性食物
寒涼性食物を摂ると、清熱(せいねつ)・瀉下(しゃか)という作用が始まり、体内で発生するさまざまな炎症を抑えます。また血液浄化をはかる力があり、解毒の作用も備えています。さらに利尿を促進させる働きもあります。またやっかいな体内に溜まる老廃物を除去する力があります。
(身体を冷やす食物)
ほうれん草、セロリ、茄子、トマト、キュウリ、大根、ごぼう、くわい、三つ葉、ぜんまい、わらび、たけのこ、たらのめ、にがうり、ふきのとう、柿、キウイフルーツ、グレープフルーツ、スイカ、バナナ、メロン、あさり、かに、昆布、しじみ、のり、ハモ、ひじき、牛タン、馬肉、など
○平性食物
平性食物は、効能が穏やかで、毎日摂取しても特別な注意を払う必要もなく、気軽に食することができます。我々が日常食べている食物の約70%は、この「平性食物」です。
◆食味(五味)
食物には必ず味があります。甘い(甘)とか、しょっぱい(鹹:カン)など、それぞれの味によって、食物の性質も違っています。これを食味といい、食物には「甘い(甘)」「しょっぱい(鹹)」「すっぱい(酸)」「辛い(辛)」「苦い(苦)」の『五味』があります。
もともと中国古典医学には、中薬のもつ甘・辛・酸・苦・鹹の五味が五臓の働きとつながっているという法則があり、薬同様、食物にもこの五味理論が踏襲されています。五味理論では、例えば「甘」と称しても、これが示す意味は、物理的な甘さのほかに、栄養成分を吸収させやすい環境を作り出す働きがあるとか、痙攣や痺れを緩和する働きがあることまで含みます。また、「鹹」という文字が示しているのは、「鹵」塩分(すなわちNaCl)を示し、その含有量が多いか少ないかを示すだけでなく、「咸」はさまざまなミネラル成分等が含まれていることを指します。
五味には以下のような働きがあるとされています。
○酸味
・収斂(しゅうれん)
だらだらとした体調や津液の漏れなどを引き締める。
・固渋(こじゅう)
慢性の汗、渋り腹、出血癖、尿漏れなどを防ぐこと。
○苦味
・清熱(せいねつ)
消炎、抗菌、解熱などに働く。主に実熱証の治療。
・瀉下(しゃか)
病邪による高熱、多汗、煩渇、鼻血などの症状を取り除く。
・燥湿(そうしつ)
体内水分の代謝が悪いと、古い水分などが体内に滞留しさまざまな弊害を引き起こす。それを解決するために乾燥に似た処置を取って湿邪を取り除くこと。
・降気(こうき)
気の高ぶりや喘息、激しい咳などを沈静化させる。
・解毒(げどく)
体内に蓄積する老廃物や病邪を取り除く作用がある。
○辛味
・発散(はっさん)
発表と同義。体表を開き、汗や不要な物質を発散させる。
・行気(こうき)
気のめぐりをよくする。気機を順調にめぐらせる。
・活血(かっけつ)
血液の精度を高め、循環を推進をはかる。
○鹹味
・軟堅(なんけん)
しこり、腫瘤、結石などの塊や集積物を軟らかくする。
・散結(さんけつ)
体内に累積する腫れ物やしこり、瘤などを散らす。
○甘味
・補益(ほえき)
補気、補血など人体活動に不可欠な機能や栄養物質などを取り込むこと。
・和中(わちゅう)
和胃と同義。胃の活動を調節し、消化機能を穏やかにすすめる。
・緩急(かんきゅう)
速めたり、ゆるめたり、身体の状況を見て調整をする行為(例:緩急止痛)
◆五味と五臓のつながり
すべての食物は、必ず五味(甘・辛・酸・苦・鹹)のなかのいずれかの効能を備えています。また、なかには一つの食物で五味のなかの二つも三つもの味を備えているものもあります。(例:春菊=辛甘)
そしてこの五味の働きは、五臓とのつながりも関連しています。
苦 ⇔ 心
甘 ⇔ 脾
辛 ⇔ 肺
鹹 ⇔ 腎
○肝(かん)
血を貯蔵し、全身へのバランスを決定する。全身の気の動きを調整する。現代医学では肝臓、胆嚢。
○心(しん)
全身に血を送る。意識や精神を司る。現代医学では心臓。
○脾(ひ)
消化・吸収をする。栄養分と水分を全身に送る。現代医学では膵臓、肝臓、胃。
○肺(はい)
呼吸をする。全身の水分の巡りを調整する。現代医学では肺。
○腎(じん)
精(気や臓腑の力の源)を貯蔵し、必要に応じて配分する。水分代謝を調節する。現代医学では腎臓、副腎、生殖器、精嚢、前立腺。
例えば、酸味が欲しいと感じるときには、五臓との関連を考えれば、「肝」がそれを欲していると理論づけられます。もちろん、この「肝」は西洋医学でいう肝臓ではなく、肝臓、胆嚢、筋、目など一連の器官を含みます。ただし、これも程度問題で、「肝」によいからと摂りすぎれば、かえって肝臓を悪くしてしまいます。
他の臓器も同様のこと。よく女性は甘味を好むともいわれていますが、これも中医学の視点に立てば、脾や胃(膵臓や十二指腸などを含む消化器官)が甘味を求めているのかもしれないと考えられます。五臓につながる五味の働きは、現代医学にはない理論であり、食味を考えて組み立てられる薬膳が心身によい効果をもたらす大きな要因です。
◆さいごに
薬膳を日々の食卓に供するためには、食物の食味食性(五味五性)を知り、すべての食物には必ず効能が備わっていることを忘れてはなりません。
薬膳を知る上で大事なことは、薬膳はまず美味しくて季節の味覚に溢れたものであるということ。すべての食物には薬と同じように効能がある、これを実感できれば、薬膳は決して難しくなく、日々の食卓に取り入れる知恵がたくさん見つかります。
参考文献:現代の食卓に生かす「食物性味表」